おい、俺たちホントに障害者なのか?

とある田舎の「発達障害者」による反逆

一度目の生存報告

私はとある片田舎に暮らしています。 こんな田舎にも様々な社会が存在しています。 そこに属する人々は日々あれやこれやと忙しそうに動き回っているようです。 今、私はそれをただ眺めているだけの傍観者です。 傍観者たる私はどの社会にも属せず、順応することを不得手としています。 世間的には発達障害の一種に分類されるのかもしれません。 とはいえ、まだ診断名をお医者様から頂戴したわけではありません。


Twitterやブログを巡回していると、巷では「発達障害」というワードをよく見かけます。 近頃は、テレビでもよく発達障害の特集を組むようになったようです。 これを見ると、発達障害に苦しんでいる人々は少なくないのかもしれません。 私は、比較的環境に恵まれているせいか、まだ「症状」が軽いためか、「苦しくて苦しくてしかたがない」というわけではありません。 まあ、悩んでいるといった具合でしょうか。


しかし、そんな私であっても、身の回りの雰囲気がじわりと変わってきたことを感じています。 端的に言えば、周囲からの圧力が強くなってきたということです。 実家住み、職無しの三十路前の男への風当たりも、これまではほぼ無風状態であったわけですが、さすがに涼しさを肌に感じるくらいにはなってきました。 嵐が吹く前に、さすがの私も動き出さなければならないようです。


私は、京大卒の元「日本一のニート」や片田舎で畑を耕す哲学者に憧れを抱きながらも(彼らはそれぞれに環境に適応されているので、発達障害ではないにちがいないのだが)、とりあえず職を探し、働きます。 ついでにこの長年住みついた実家から出て、この広い世界に羽ばたこうかとも思っています。 ただ、私の前には、まともな職にありつけるのか、はたして独りで食っていけるのか、そういう問題が横たわっています。 そんな問題は、資産家の子息でもない限り、誰もが直面する問題ですが、とりわけ発達障害に悩む私にとっては大きな壁として立ちはだかっています。


数年後、私はどこかに居心地の良い場所を見つけているのでしょうか、それともどこかの公園で独り寂しく生きているだけなのでしょうか。 ただ、どのような状況にあっても、私は自らの生存報告を World Wide Web に載せ続ける次第であります。